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札幌高等裁判所 昭和54年(う)86号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

〈前略〉

控訴趣意中、原裁判所は不法に公訴を受理した旨の主張について

所論は、要するに、本件各公訴事実のうち、艦船破壊の事実、すなわち昭和五三年七月六日付起訴状の第一に記載されている(更に、同年一二月二〇日原審第五回公判期日において行われた訴因変更手続によつて変更された)事実は、それが真実であつても何らの罪となるべき事実を包含していないから、右事実については公訴棄却の裁判がなされなければならないのに、原裁判所は右事実について公訴を受理し実体判決をしているので、原裁判所の右措置は不法であるというのである。

そこで一件記録に基づいて検討してみると、右艦船破壊の事実として検察官が主張している事実は、右起訴状第一記載の事実及び右訴因変更手続において検察官が陳述した昭和五三年一二月二〇日付訴因変更請求書に記載されている事実並びに原審第一回公判期日において検察官が冒頭陳述として述べた事実(昭和五三年八月一五日付冒頭陳述書に記載されている事実)によれば、被告人は、昭和五〇年一月一〇日過ぎころから同年二月一〇日午前五時ころまでの間に、被告人と西川清一及び屋敷重雄との間・屋敷重雄と西川清一、亀田幸四郎及び高岡和夫との間・高岡和夫と西川清一との間並びに亀田幸四郎と西川清一及び奈良清との間で、それぞれ協議が行われた結果、以上五名(西川清一、屋敷重雄、亀田幸四郎、高岡和夫及び奈良清)との間で、千島列島海域を航行中の漁船第八よし丸(乗組員は亀田幸四郎及び奈良清を含む一四名で、総トン数二六七トンの鋼船)をウルップ島等のソ連支配海域内の浅瀬や岩礁に乗り上げさせるなどした上その船体を放棄する旨、更に、その際その船体が破壊又は沈没しても差し支えないものとする旨の共謀を遂げ、右共謀に基づき、亀田幸四郎において同年二月一〇日午前五時一〇分ころ、同船を約四ノツトの速さのままソ連支配海域内のウルップ島穴埼海岸に突入させた上その船底部の約三分の一を同海岸の砂利原に乗り上げさせ、奈良清において、同日午前七時過ぎころから同船機関室内の海水取入れパイプのバルブを開放して同船機関室内に約二〇トンの海水を流入させ、同日正午ころ同船の機関始動に不可欠な圧縮空気をすべて放出し、もつて同船の航行機能を失なわしめ、情を知らない一二名の者が乗り組んでいる艦船を破壊したものである、というのである。よつて、まず、(1)総トン数二六七トンの鋼船である第八よし丸を、前記穴埼海岸に突入させ、その船底部の約三分の一を同海岸の砂利原に乗り上げさせたうえ、同船機関室内の海水取り入れパイプのバルブを開放して右機関室内に約二〇トンの海水を流入させたとの事実、(2)同船の機関始動に不可欠な圧縮空気を全部放出したとの事実について検討すると、右の(1)の事実のうち海水取り入れパイプのバルブを開放して機関室内に約二〇トンの海水を流入させたとの点については、艦船にとつて根元的な機能である浮揚力を奪い、かつ同時に、艦船の交通機関としての本質的機能である航行能力を喪失させる行為に該当し、また前記第八よし丸を海岸の砂利原に乗り上げさせたうえ、機関室内の海水取り入れパイプのバルブを開放して機関室内に海水を流入させたとの点については、同船の離礁を不能もしくは著しく困難にさせ、かつ同船の浮揚力を喪失させることによつて、艦船の航行能力を喪失させる行為に該当し、次に右の(2)の事実に関していえば、前記圧縮空気が充填されていることにより初めて発電機の作動が可能となるものであるところ、発電機が作動することはエンジン起動に不可欠のことであり、更に、エンジンがその能力を発揮することによつて初めて推進機器が機能し艦船が航行するのであるから、右の(2)の事実は、艦船の航行能力を喪失させる行為に該当すると解すべく、それ故右の各事実が真実であるならば、右の各行為は、たとえ第八よし丸の船体それ自体に物理的な破損を生ぜしめたものでなくとも第八よし丸の艦船としての実質を害してその交通機関としての機能を不能にさせる程度の損壊に該当するといわざるを得ず、更に、この損壊によつて第八よし丸にその際乗り組んでいた者(前記一四名の乗組員中右損壊に加担した者を除いた一二名)の生命身体に対する危険が生じたことは、その損壊行為の行われた日時場所が前述のとおりであつたことに照らして自明のことである。よつて、情を知らない者が乗り組んでいる総トン数二六七トンの艦船を、厳寒のソ連支配海域内の海岸に突入させた上、その船底部の約三分の一を右海岸の砂利原に乗り上げさせ、その機関室内の海水取入れパイプのバルブを開放して右機関室内に約二〇トンの海水を流入させ更に同船の機関始動用圧縮空気をすべて放出する行為は、たとえ船体それ自体に物理的な破損を生ぜしめたものでなくとも、刑法一二六条二項所定の艦船破壊に該当するものと解すべきものであり、従つて右行為が検察官主張の前記共謀に基づいて行われたものである以上、被告人は刑法一二六条二項所定の艦船破壊の罪の共謀共同正犯に当たるといわざるを得ない。

したがつて、本件各公訴事実のうち艦船破壊の事実は、それが真実でありさえすれば、刑法一二六条二項の、艦船破壊の罪の共謀共同正犯の構成要件に該当する事実が包含されていることになるから、右事実について公訴を受理して実体判決をした原裁判所の措置は正当である。論旨は理由がない。

控訴趣意中、原判決には理由の不備もしくは法令適用の誤りがある旨の主張について

所論は、要するに、原判決に罪となるべき事実として記載されている事実のうち、第一の事実は、それだけでは、亀田幸四郎や奈良清が刑法一二六条二項の艦船破壊行為をし、これによつて艦船が破壊されたことにはならず、従つて被告人もまた艦船破壊の罪の共謀共同正犯にはならないところ、原判決は亀田幸四郎と奈良清の行為が艦船破壊に当たり、かつ、被告人が艦船破壊の共謀共同正犯に当たるとしており、この点において、原判決には理由の不備もしくは法令適用の誤りがある、というのである。そこで、原判決を検討してみると、原判決は、被告人は、昭和五〇年一月一〇日過ぎころから同年二月三日ころまでの間西川清一、屋敷重雄、亀田幸四郎及び奈良清と順次共謀の上、情を知らない乗組員十数名が乗船して千島列島海域を航行している漁船第八よし丸(総トン数二六七トンの鋼船)をソ連支配海域に入域させウルップ島に近付け暗礁に乗り上げさせるなどした上その船体を放棄して処分してしまおうとの計画を練り上げ、亀田幸四郎において同年二月一〇日午前五時一〇分ころ情をしらない船長小林喜代蔵ほか一一名が現に乗船している同船を約四ノットの速さでソ連支配海域であるウルップ島穴埼海岸の砂利原にほぼ正面から突入させ、その船底部の約三分の一を乗り上げさせた上、奈良清において同日午前七時ころから同日午前九時ころまでの間に同船機関室内の海水取入れパイプのバルブを開放して右機関室内に約19.4トンの海水を取り入れ、更に同日午後〇時ころ、同船の機関始動用空気槽内の圧縮空気をすべて放出したとの事実を認定しているところ、亀田幸四郎及び奈良清の右所為は刑法一二六条二項所定の艦船破壊の罪(しかもその既遂罪)に該当し、従つて被告人は右の罪の共謀共同正犯に該当するものであることは、前段で詳述したところと同じである。よつて原判決には所論のような理由不備又は法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意中、事実誤認の主張について〈省略〉

控訴趣意中、量刑不当の主張について〈省略〉

よつて刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとし、主文のとおり判決をする。

(山本卓 藤原昇治 雛形要松)

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